長男10歳余命9ヶ月

マリーンズ

頑張れマリーンズ!ありがとう今江選手!

top

堅太朗は千葉ロッテマリーンズが大好きでした。
このページは堅太朗が小さい頃から球場に行った頃の様子、
病気になってから選手やスタッフに励まされ闘病生活を送った記録、
堅太朗が旅立ってからも知人や球団関係者が、
我々家族を励ましてくれた様子をまとめたものです。

小さいころからよくマリンスタジアムに

まだ野球のルールがわからず、
スタジアムの雰囲気だけ楽しんでいた頃の写真です。

小さい頃

2010/11/4 日本シリーズ

日本シリーズのチケットをゲット!
今思えば発売時間直後何度もネットにアクセスして諦めないでよかったです。
3位からクライマックスシリーズを勝ち上り、日本シリーズを戦ったときの写真です。

20101104日本シリーズ

中日は1回表一死二・三塁から和田の犠飛で先制するが、マリーンズはその裏、一死満塁から今江選手の2点適時二塁打を皮切りに3連続適時打で4点を奪って逆転に成功。
10-4でマリーンズが勝利しました。
堅太朗が応援に行く試合は偶然にもいつも今江選手は大活躍でした。

2011/5/20 始めてのバックネット裏観戦

おばあちゃんがバクネット裏のチケットをゲット
平日ナイトゲームを二人で観戦・・・
真近で選手が見れて大喜びでした。

バクネット裏観戦

自分が作成した記事

自分でスタジアムに行って写真を撮り、記事も書いたものでした。

今江選手の分析レポート

2011/11月~12月 病気の判明

突然吐き気や、複視、ふらつきの症状が発生
色々病院を回り、12/5に悪性脳幹グリオーマと診断、余命9ヶ月の宣告。

子供病院に飾られていたサイン入りユニフォーム

今江選手は慈善活動に積極的に参加することで有名で、偶然にもこども病院にユニフォームやグローブなど色々寄贈されていました。

もちろん堅太朗はそれを知っていて、入院前はよくその前を通ったものでした。

今江選手こども病院寄贈品

2012/3/20 今江選手の応援歌を聞きながら・・・

マリーンズ好き、しかも今江選手が好きなことを知た友人Sが、
友達に頼んで応援歌を集めたCDを作ってくれました。

CD

CDには今江選手の登場曲だけでなく、
バッターボックスに立った実際の掛け声を収録したもの、
チャンスでファンの期待に答え活躍したときの掛け声、
マリーンズの応援歌など・・・合計18トラックが収録されていました。

今江選手応援歌を聴きながら

堅太朗はこのCDがお気に入りでした。
これを何度も聞いて自分自身を励ましていました。

2012/4/22 VIP ROOMでの観戦

退院して初めての野球観戦・・・
妻の知り合いがマリーンズのスポンサー会社に勤めていた縁あって、VIP席を用立てて下さいました。

この頃は既に全身の麻痺が進行していて、わずかに左手が動かせるのと表情を変えることができる状態でした。
退院してから間もないこともあって、呼吸器や吸引器を持って外出するのはとても苦労しました。
特にVIPルーム内に車椅子を入れるのには苦労しました。

しかし、窓からスタンドを見下ろす眺めは最高で、
そんな苦労もいっぺんに吹き飛びました。

退院して初めてのVIPルーム観戦

球団マスコットのマー君やリンちゃん、Mスプラッシュのチアリーダーの方も遊びに来てくれて妹もとても大喜び。

VIPルームから見たスタジアム

三塁側だったので今江選手を良く見ることができました。

2012/5/23 Part I 念願の今江選手との面会

5/21、高校時代の友人から突然電話がありました。
「堅太朗、ロッテ好きだったよね?選手に会ってみない?」
そう言って取引先の伝手をたどって選手に会う手配をしてくれました。
すぐにファンサービス担当の方から電話があり、話はとんとん拍子で決まっていきました。

ナイトゲームだったので、我々は16:00頃球場に到着。
初めて選手が止める専用門の駐車場から入門し、みんなとても緊張していましたが、ファンサービス担当のMさんがすぐに出迎えに来てくれました。

その後球場内のホールに案内され、我々が待っていると、
球団キャラクター"マーくん"や"リーンちゃん"、
対戦相手ヤクルトのマスコットつばくろう、
球団チアリーダー"Mスプラッシュ!!"など・・・続々と堅太朗に会いに来てくれました。

Mスプラッシュやつばくろうと一緒に

つばくろうにはヤクルトユニフォームのレプリカももらい、
敵チームでありながら、気前のいい対応にとても感動しました。

しばらくすると練習を終えた球団の選手数名がホールに入ってきました。
渡辺選手ら顔なじみの選手何人かを目の当たりにすると堅太朗はとても喜んでいました。
その中には当時ルーキー売出し中で、
翌日当番を控えた藤岡投手が練習を終え一緒に写真を撮ってくれました。

当時ルーキーのピッチャー藤岡選手と

しばらくして今江選手の登場・・・
記念品を持って来てくれました。

別の球団関係者の方と一緒にホールへ現れました。
堅太朗の前に来ると挨拶をして、ご自身がしていたペンダントを取外し、
ゆっくりと堅太朗の首にかけてくれました。
堅太朗はとても大喜びでした!!

憧れの今江選手と

そして堅太朗は麻痺が少ない左手で懸命に色紙を持ってサインをアピール、
今江選手は堅太朗だけでなく、
一緒に連行して行った妹や友人にも快くサインをしてくださいました。

2012/5/23 Part II 今江選手の大活躍で勝利

本当に偶然でしょうか?今江選手はこの日大活躍・・・
今江選手の活躍で試合は5-1でマリンズの勝利。
グライシンガー選手と一緒に今シーズン初めてのヒーローインタビューのお立ち台に立ちました。
今江選手は開幕から不振が続いていたので、この活躍は堅太朗の応援の力でないかと思わざるを得ませんでした。

ヒーローインタビュー

ヒーローインタビューの後、ファンサービスのMさんから私の携帯に電話がありました。
なんと今江選手が「再び堅太朗に会いたい」と・・・
正面ホールに行くように言われ、しばらく待っていると、
足にアイシングをしながら、今江選手がスタッフの方と歩いてきました。
そしてヒーローインタビューでもらったばかりのマスコットをスタッフから受け取ると、
目の前でそれにサインしプレゼントしてくれたのです。

マスコットをいただくところ

ただでさえいろんな人に会えて嬉しかったのに、
プレゼントも沢山いただいてしまいました。
本当にこの日は特別な一日になりました。

2012/6/26 最後のマリンスタジアム観戦

実は始めて4月に試合を観戦してから、
知人のYさんは何度も試合観戦に誘ってくださいました。

しかし、6月に入ると特に体調が悪くなり、
直前まで行く予定だった観戦をキャンセルせざる得ない状態になってしまいました。

この日も熱が上がり、意識もはっきりしなかったのですが、
「行きたい」と聞くと目を瞑って行く合図をするので、
点滴と呼吸器をつけ、吸引機・酸素ボンベ持参で観戦に行くことにしました。

球場のVIPルームに到着してから、どうやって観戦させるか考えました。
高熱が2週間近く続いていて、車椅子にも乗っていられない状態だったのです。

幸いVIPルームの窓は出窓のような作りになっていたので、
窓の高さまで、布団を積み上げ寝かせて試合を観戦させることができました。

ベッドを作っての観戦

これにより寝ながら試合観戦できるようになりましたが、
寝ている姿全身がVIPルーム下の一般客席から丸見えになってしまいました。
何だか珍しいものを見せてやっているみたいで、客席から嫌な視線を感じるようになりました。

試合が始まっても体調は悪く、途中意識があったり、なかったりでほとんど試合は見られなかったと思います。
痰の吸引も5分毎くらいにしなければならずとても辛そうでした。
また、体の向きを変えるのは通常であれば頭と足の位置は逆に変える必要はないのですが、
スタンド側に体を向かさねばならず、向きを変える度に頭と足の位置は逆にしました。
このため呼吸器本体やチューブの位置、
手や足のクッションを置く位置を調整しなければならずけっこう大掛かりでした。

そうこうしている様子が下の観客席からずっと見られているような感じがしてとてもイヤでした。

しかし、その思いは7回裏ジェット風船を飛ばすときのシーンで変わりました。

麻痺の進行で体は全く動かせない状態でしたが、
大好きだったジェット風船くらいは、自分で飛ばしたいだろうと思い、
(自分が飛ばしたと感じさせるように)出来る限り膨らましたジェット風船の先端を握らせようと試みました。

アナウンスの合図があって風船を飛ばすのですが、タイミングが遅れてしまい、
先に風船を飛ばした下の客席から、更に強い視線(注目)を感じることになりました。

何とか手元に膨らました風船をセッティングし、
少しタイミング遅れて、ようやく手元から風船を飛び放つことができました。

すごくキレイに真っ直ぐ空中に向かって飛んでいきました。
今まで何度もマリンスタジアムでジェット風船を飛ばしたことがありますが、
あんなにキレイに空に飛んで行ったことはなかったと思います。

7回裏ジェット風船風景イメージ

空に向かって真っ直ぐ飛んでいく風船を見上げていると、
すぐそばから大きな声援と拍手が沸いてきました。

「何があったんだろう?」
と客席を見下ろすと、さっきまで冷たい視線を投げかけていたと思った観客が、
我々の方を向いて、盛大な拍手をくれたのです。
三塁側のVIPルーム下は、まさにスタンディングオベーションでした。
私はとても胸が熱くなり感動しました。

声援が収まるまでしばらく時間があったと思います。
ジェット風船が終わり、試合再開のアナウンスもこの様子を察知し、
少し声援が収まるのを待ってされたようでした。
まるで球場全体が堅太朗を応援してくれているような錯覚に陥ってしまいました。

私は声援と拍手をくれたファンの方に頭を下げてお礼をしました。
この光景を思い出すと今でも目頭が熱くなります。

2012/7/17 息を引き取りました

堅太朗が息を引き取りました。

お世話になったファンサービス担当のMさんへ報告したところ、
とても丁寧なお悔やみのメールを頂戴しました。

今江選手にも伝えるとメッセージがあり、
お別れ会のときはメールの一部分を紹介させていただきました。

2012/8/30 今江選手との再会(亡き兄に代わってイベントに参加)

今までVIPルームを用立ててくれたYさんから、
スポンサーとして試合前にイベントをやるので妹に是非参加して欲しいと連絡がありました。
選手とベンチから一緒にポジションまでかけて行くイベントで、
今江選手の三塁は妹に是非ということでした。

妹は元気にスタンドへ

ありがたく引き受けました。
4つ下の妹は今江選手にあったとき、すぐに誰だかわかってもらえるよう、亡き兄の写真入りの首飾りを作りました。

5月に今江選手と会った思い出の写真を選び、
それを首にかけてイベントに参加しました。

ベンチの裏で記念撮影などを終え、いよいよ選手の入場・・・

「サード、今江!」

のアナウンスがあると、
妹は1塁側ベンチから今江選手と元気よく飛び出し、
サードのポジションまでかけていきました。

今江選手がベンチに向かって、声援に答えるのが終わって落ち着いたところで、
思い出の写真を今江選手に見せて話しかけたようです。

今江選手に報告し元気に退場

「兄堅太朗は天国に旅経ちましたが、家族は元気に生きています」

妹が話できたのは短い時間でしたが、
緊張しながら、きちんと今江選手に報告できたようです。

今江選手は妹の頭をなで、励ましてくれました。
その様子は3塁側ベンチで様子を見ていた私にも伝わりました。

ありがたいことに、このエピソードはスポンサーの広報紙でも取り上げていただきました。
http://kentarou0316.net/swfu/d/20120830_QVC.pdf

2013/7/6 一周忌、今江選手からの贈り物

一周忌は葬儀を執り行った地元の斎苑を貸し切って行いました。

一周忌の様子

その日に合わせて知人のYさんが、今江選手が愛用していたスパイクをもらって来て下さいました。

今江選手は"Gori"と言うニックネームがあるそうですが、
その文字が刺繍された本物のスパイクでした。

サインボールやヒーローインタビューのマスコットなど、
これまでいただいた記念品と一緒に一周忌に飾りました。

記念品を沢山飾ることができて、思い出に残るとてもいい式典にすることができました。

一周忌の記念品

powered by QHM 6.0.3 haik
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional