長男10歳余命9ヶ月

2012年2月

2012年2月 辛い入院生活

2月の闘病は精神的、肉体的に最も大変な時期でした。

気管切開手術をすることを受け入れられず・・・

涙を流しながら仕方なく手術をしたのに、身体の麻痺麻痺が更にひどくなり症状は悪くなる一方でした。

また、手術前は自分で排泄でできていたのに、十分にできなくなってしまいました。

いっぱいいっぱい我慢し、本当に辛い月でした。

2012/2/5 口の周りが腫れあがり・・・

鼻のチューブを止めるためのテープで、口の周りが腫れあがってしまいました。

とても痛々しいです。

腫れあがった口の周り

口の周り全体が腫れあがっているので、腫れてないところを探してテープを止め、

腫れている箇所を少しでも緩和するように全体を冷やしました。

2012/2/7 気管切開の説明

耳鼻科の先生から気管切開手術について説明がありました。

1月末からずっと話をされていて、いつやるかの決断だけになっていました。

本人はずっと「絶対にやりたくない・・・やるなら死んだ方がいい」と麻痺の少ない左手を使って携帯の文字打ちで言い続けました。

グリオーマの会でアメリカの小児脳腫瘍治療で活躍されているT先生に本当に最善の選択かも確認しましが、呼吸器が外れて事故になる可能性もあり、今は現実的な方法と回答をいただきました。

実際に気管切開をして元気に頑張っているお子さんの写真や病院内で頑張っているこどもの症例を見て聞いて・・・今はこれが必要かもしれない・・・でもきっと放射線治療が効いて(よくなって)切開した穴をふさぎ、また喋れる瞬間が来るんだと自分に言い聞かせ、本人を説得させることにしました。

手術は2/10の予定。

本人は我々の説得に応じず断固として拒否している様子でした。
「絶対やりたくない、やらなくても大丈夫と・・・」と。

最終的に先生と相談して、先生が悪者になるので、病院のせいで手術を進めるシナリオを考え・・・実施することを決めました。

「今は必要な手術、良くなったらまた穴を塞いで喋れるようになる」といい聞かせ・・・説得しました。

本人は6F病棟の窓から見える外の遠くを見つめ、涙を流しながら、私たちの説得に仕方なくうなずきました。

2012/2/8 一人で座れた頃の写真

このときはまだ椅子に座ってることができたものでした。

一人で座れた頃の写真

2012/2/10(金) 2/14に延期

いろいろ調整が入って手術は2/14に延期。

もともとチョコレートが嫌いな堅太朗は最悪なバレンタインデーになると携帯の文字打ち言っていました。

2012/2/11(土) 扇風機

病棟は本人にとってかなり暑いようでした。

季節外れですが、扇風機を家から持ってきてその場を凌いだものです。

扇風機

2012/2/13 いよいよ明日・・・

口の周りの腫れは大分良くなってきました。

手術前日の様子

明日はいよいよのどに穴を開ける器官切開の手術・・・

いったいどんな思いだったのか?本人の気持ちを考えただけで未だにかわいそうで仕方ありません。

2012/2/14 気管切開手術

現実が受け入れられず、直前になってもやりたくないことをCLSさん(チャイルドライフ・スペシャリスト)や私たちに言い続けました。
たくさんたくさん泣き、辛い思いをしながら手術に挑みました。 [check]

手術が終わり病棟へ帰ってきたときの様子

手術が無事に終わり、薬で眠っているときの写真です。
生きるために仕方なくやりました。

意識は夜には回復しました。

2012/2/15 放射線治療が終了

放射線治療が2/15に終わりました。

12/26から開始したのに、C4(西船の放射線治療施設)の年末年始の休み、救急車での病院搬送で、合計30回の照射がこの日まで延びてしまいました。
放射線治療は集中してやらなければ、効果がないことを知っていたので、この後どうなるのか本当に不安でした。

画像の説明

また・・・、頑張って気管切開手術をしたのに、麻酔のせいか?

右半身の体が麻痺してしまい、意識がはっきりしない状態に・・・

先生は"おかしい、なんでこんなふうになるんだ?"のような顔で原因がよくわからない旨を私たちに告げました。

素人の私たちは気管切開のせいでこんなふうになったのではないかと病院を疑ったものでした。

悪い選択だったのではないかと、後悔したものでした。

2012/2/16 MRI検査と放射線治療の効果

照射(全54グレイ)が終わり効果を見るため造影剤を点滴から投入し、MRIを撮りました。
いろいろあったものの頑張って終えた放射線治療・・・

効果が出ているかどうか、結果を聞くのはとても緊張した瞬間でした・・・

きっとあんなに頑張ったんだから、「大丈夫!」と・・・自分たちに言い聞かせました。

しかし・・・・・

結果はむしろ悪化していました。

放射線治療は終わる頃効果が現れる人が多いので、まだ結果を判断するのは時期尚早なんだと自分自身に言い聞かせました。
グリオーマの会にも相談し会員のいろいろな症例を聞いて、今後の息子の治療の成果を期待したものでした。

2012/2/18 足のマッサージ

体の麻痺は解消されず、少しでも早く動かせるようにとマッサージをしたときの様子です。

足のマッサージ

足は早い時期から動かすことができなくなったので、毎日マッサージはかかさずしたものでした。

2012/2/19魔法の薬デカドロン

気管切開手術から意識がはっきりしなくなり、右半身麻痺がひどくなりましたが、デカドロンの効果もあってか・・・?

意識は戻り、様態も落ち着きました。

看護師さんはみんなデカドロン(ステロイド)のことを魔法の薬と言ってました。

2012/2/22 テープ跡の腫れ

鼻のチューブを止めているテープ跡の腫れ。

良くなった顔の腫れ

だいぶ良くなりました。
テープ跡で何度も顔の皮膚が腫れあがり、苦労したものでした。

2012/2/24 足は棒のように

手術後のデカドロン処方効果もあって、身体の麻痺が少しずつ解消。

しかし右半身の麻痺は解消されず、ほとんど動かせなくなってしまいました。

写真を撮るとき右手でピースができず、仕方なく左手でピース。

右手でピース

また、ますます痩せ細り、足は棒のように・・・

足は棒のように

1/25から何も飲まず食わずでこんなにも痩せてしまいました。

2012/2/27 汗びっしょり

本人にとって病院は暑いようでした。
いつも「暑い」って言っていました。

汗びっしょり

2012/2/28 在宅療養の打ち合わせ

退院に向けて訪問看護ステーションスタッフの方を打ち合わせをしました。
Tさん、Nさんに子供病院へ来ていただき、
主治医、看護士、連携室の人たちと打ち合わせました。

吸引機、酸素ボンベやサチュレーション、
鼻管から入れる栄養剤など・・・
自宅で必要なものを

左手で字を書くリハビリ

右半身が動かくなくなり利き手と反対の左手で字を書くリハビリを始めました。

左手で字を書く

病気になってから毎日学校や野球少年団、サークルのみんなから励ましの寄せ書き、ビデオレターなどたくさんいただいていたので、みんなに返事を書きたいと字を書く練習を頑張ったものでした。

しかし、実はこのとき左半身も力が入らなくなっていました。
残念ながら・・・たくさん練習したにも関わらず、みんなに直筆の返事を送ることはできないままになってしまいました。

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